明治時代の雰囲気を残し、ベンガラに彩られた美しい町 和味の宿 ラ・フォーレ吹屋(岡山県/吹屋)

ベンガラの町
I.吹屋町並み

吉岡鉱山とベンガラの製造が盛んだった江戸末期から明治時代に形成された町並みで、当時のベンガラ業の旦那衆が相談し島根の石州大工(宮大工)を呼んで家を建て直した。桜・檜・杉・欅・栗などの高級な用材を使って豪壮に家を建ている。木材にはベンガラを塗り込み、瓦は赤茶色の石州瓦が特徴の家々が建ち並びます。
1974年、岡山県の「ふるさと村」に指定。1977年国選定重要伝統的建造物群保存地区に指定される。千枚、中町、下町、下谷の四地区からなり千枚地区にある旧吹屋町役場の建物は入場無料の資料館となり、古い写真など無雑作ではありますが展示がされています。

<注意>
吹屋の町並みは現在も住居として人が住んでいます。旧片山邸、郷土館、資料館、吹屋案内所以外は中へは入れませんのでご了承ください。

千枚地区

千枚東地区は、油屋だった小川家、米屋だった由木家、旧吹屋町役場(写真右)、山神社が今も残っている。千枚西地区は鉱夫が利用する居酒屋や鍛冶屋なんかがあり、鉱山で生きる地区だったと言われている。現在は昭和の初期に大火事があり、ほとんどが焼けて空き地のまま残っている。


中町地区

この辺りはベンガラ屋(片山、本長尾、東長尾、仲田)が建ち並ぶ地区で、ナマコ壁が目立つ豪勢な家が多く見られる地区です。道幅に注目!当時は荷を運ぶのに牛馬を使って運んでいた。道の両側に牛馬をとめ、真ん中を人が通れるように設計して広く作るられている。家の土台に今も牛馬をとめておく金輪が着いている家もあります。


下町地区

この辺りは鉱山で働く人や、旅館、馬蹄工場、小間物屋など商売をされていた家が多く建ち並びます。


下谷地区

国道180号線から県道85号線を入ってくると、山間の狭い道を抜けて忽然と赤色の集落が姿を現し、最初に目にするのが下谷地区です。ベンガラ業を昭和49年の最後まで営んだ田村家を中心に十数件の家が建ち並びます。ここから少し奥へ入った大深という所が吹屋銅山の発祥の地であり、戦国時代に吹屋銅山を支配していた黄金城跡や、当時建立したとされる延命寺、本教寺などがあります。少し県道をあがった白石には鉱夫長屋の跡なんかも見られます。
吹屋銅山の歴史を語るにはなくてはならない鉱山師、大塚家の屋敷跡もあり、その前を通る下谷と下町を繋ぐ旧道、大塚坂(写真右下)があります。大塚家墓地周辺で、映画「八ツ墓村」のロケも行われました。


II.旧片山邸住宅

2006年(平成18年)12月19日に国指定重要文化財の指定を受ける。
片山家は屋号を胡屋といい、吹屋きっての豪商で本格的弁柄創業宝暦九年(1759年)以来二百有余年、弁柄製造に携わった。弁柄株仲間を組織し、企業間の統制を取るとともに優良な品質を持って市場を拡大し、特産品としての吹屋弁柄の地位を守り続けた。
屋敷面積3,000㎡。江戸時代後期の建物。外観は、一階を腰高格子で飾り、袖壁や出格子を配し、二階はなまこ壁で仕上げるなど意匠を凝らした造りになっている。座敷は銘木がふんだんに用いられ、美しい照明器具、見事な欄間、釘隠、襖の引手なども見られる。


III.郷土館

旧片山家住宅の本片山に対して、分家の角片山家の住宅である。明治七年から五年かけ、石州大工の手で建築した入母屋造り平入りの二階建て町家である。昭和54年に旧成羽町が当主から借り、郷土館として一般公開するようになりました。


IV.ベンガラ館、ベンガラ陶芸館

ベンガラ館は、ベンガラ工場を復元したもので、昭和四十九年に操業がとまり最後まで稼動していた田村工場跡に作られました。ベンガラとは?馴染みのないものでよくわからないとは思いますが、以外に身近なものに使用されています。当時の製造方法の紹介や資料の展示、現代のベンガラの用途などの紹介をしています。

ベンガラ陶芸館はベンガラ館に隣接しており、週二回、日曜日と火曜日に陶芸教室が行われています。成羽町本町通り商店街の備中神楽人形を作っている田辺白山荘の田辺信子先生が来て、ベンガラを使用した陶芸体験や絵付け体験が出来ます。事前予約で誰でも参加できます。毎年五月の下旬には通われている生徒さんの作品を年に一度、三胴式登り窯で一昼夜かけて焼き、その作品を六月初旬に「陶芸まつり」と題して、作品の展示・販売などのイベントを行っております。

←「土ひねり」についてはこちらをご覧ください。(PDFファイル)

V.笹畝坑道

江戸末期頃に開発された笹畝鉱山の本坑道跡である。明治十二年に三菱商会が経営する吉岡鉱山の支山になり大正末まで操業を続けた。その後、休山していたが昭和五十二年のふるさと村事業で一部復元整備をし一般公開をしている。


VI.広兼邸

中野村大野呂の庄屋で二代目・元治が小泉銅山と本山鋼山(ローハ製造)の経営に参加し、巨万の富を得て、文化七年(1810)に山を切り開いた台地に豪壮な邸宅を建てた。向き合う丘に、個人の天広(アマヒロ)神社と一家の墓所をつくり、大正三年(1914)に主屋に離れ座敷を増築した。その後、当主の東京転出により無住状態になっていたが、昭和五十九年に旧成羽町の重要文化財に指定され、翌年に岡山県は当主からの寄付と県郷土文化財団の協力で修復をし一般公開している。昭和五十二年には映画・金田一シリーズ「八ツ墓村」のロケが行われ有名となる。


VII.西江邸

宝暦元年(1751)に高品質な紅柄(ベンガラ)の礎となる本山鉱山を開抗、紅柄の原料となる緑礬(ローハ)と紅柄の生産を行い巨万の富を築いた。現存する建物の創建は宝永・正徳年間(1704~1715)である。江戸期には大庄屋として天領地の支配を許され、西江家は代官御用所を兼ねていた。江戸繁栄期の趣を色濃く残す西江邸は、大変貴重な歴史的文化遺産でもある。現在でも個人邸宅としてここに住み、維持管理を行っている。国登録有形文化財に指定されています。


VIII.吹屋小学校

吹屋小学校は明治6年発足。現在の位置へ校舎を移転し、明治33年(1900年)に木造平屋建ての東校舎、西校舎が竣工。9年後の明治42年に木造二階建ての本校舎が落成した。1999年には100周年を迎えるにあたり修復工事が行われました。
現在、現役として使われている校舎としては日本一古い校舎です。夜はライトアップされ、昼間とは違う表情を見せます。風の無い日はプールの水面に逆さに写る小学校が幻想的です。

<注意>
普段は授業を行っておりますので、敷地内へのご入場はご遠慮ください。
ただし生徒の下校後(17時以降)、学校のお休みの日は敷地内へお入り頂き、ゆっくりとご覧ください。
校舎内は立ち入り禁止となっておりますのでご了承ください。


※緑礬(ローハ)製造元

緑礬(ローハ)とは、ベンガラの原材料であり、硫化鉄鋼から生成されるものである。
吹屋ベンガラが良質で大繁盛した要因に、本山緑礬の存在がある。もともとは鉱山から出てくる磁硫鉄鉱から緑礬を作っていたが、これは質が悪かったとされる。
1751年(宝暦元年)に谷本家が本山鉱山(現在、「成羽の水」の工場がある)を発見し、西江家と協力をして長門の国(山口県)から鉱山の知識が豊富な原弥八を招き、本山鉱山の茶硫化鉄鉱を使っての緑礬の製造研究を行い開発に成功をした。
1761年(宝暦十一年)に本山鉱山を開抗し、本格的に緑礬製造を開始する。その後、谷本、西江に広兼が加わり、三人の緑礬仲間で本山鉱山の緑礬工場を所有し、吹屋弁柄株仲間に緑礬を供給していたという。

西江邸

谷本邸(見学不可)

広兼邸

※吹屋ベンガラ屋

ベンガラとは?これは吹屋へ来てからお楽しみにしてください。
吹屋の人なら、ほとんどの人が答えますので聞いてみてください!

片山家(胡屋)

(本)長尾家(長尾屋) 喫茶・楓

(東)長尾家(東長尾屋) 館内見学不可

仲田家(叶屋) 館内見学不可

田村家(福岡屋) 館内見学不可

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